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❀松山城跡の桜が満開です❀

新着情報

松山城跡の桜が見頃を迎えています。

松山城跡は下室田小学校北西の山上にあります。金毘羅神社がある部分がかつての本郭で、東西約32メートル、南北約17メートルの楕円形をしています。本郭とその東側にある第2の郭が城の主要部となり、その周囲に階段状に郭が形成されています。

天正10(1582)年、神流川の合戦に敗れ伊勢へ退去した滝川一益に替わり、後北条氏が西上州へ進出しました。松山城は、この時吾妻方面攻略の拠点として後北条氏の家臣である上田朝直の子信善により築かれました。城の名は、上田氏が武蔵国松山城主であったことにちなむと言われています。                         (高崎市HPより抜粋)

地元の方の話によると、15年ほど前まではこの時期「こんぴら様」といって金毘羅神社周辺は出店等で大変賑わったそうです。

所在地:高崎市下室田町 地図(地図情報システムを新しいウインドウで表示)